『大山鳴動してネズミ一匹』¹

 「大山」はしばしば「泰山」とも書かれるので、これは中国のことわざと誤解されることがある。しかしその起源は紀元前1世紀のローマの学者ホラティウスの『詩学』139にある。原文はラテン語の “Parturiunt montes, nascitur ridiculus mus.” であり、その直訳は「山産気づき、こっけいなネズミ一匹生まれる」である。大きな山が震動し、人々は何事が起こるであろうかと見守っていると、つまらぬネズミが一匹出てきたというギリシャのイソップ寓話(紀元前6世紀頃)への言及である。

 前触れの大きさに比べてその結果が小さい場合、あるいは自信を持って始めた仕事が惨憺たる結果に終わったような場合に用いられる。

 最近はマスメディアが発達して情報過多になっているため、鳴動する大山の類があふれ、怖れて見守ることもなくなり、そのため結果の意外さに驚くことも少なくなったようである。いわば大山鳴動になべて不感症になりつつあるような気がする。このままでは、本当に危機が迫っても、知らぬ間に飲み込まれてしまうのではないかと危惧する。

1 .C’est la montagne qui accouche d’une souris.
 (La montagne accouche une souris.)

  The mountains are shaken, but bring forth a puny mouse.

  (The mountains have brought forth a mouse.)

(志子田光雄)