『自分の女房と酒と馬はほめるものではない』¹ 自分の持ち物で、人前で決してほめてはいけないものがある。このことわざでは女房と酒と馬となっているが、この他に貯金と家と刀を加えているものもある。いずれもその良さを吹聴し、誇れば、酒なら飲ませ、馬や武器、金銭、家なら貸す羽目になりかねないからである。『馬と妻と刀は見せてもよいが、貸してはならぬ』²ともある。 この大切な妻を、ほめすぎたために失ってしまった男がいる。紀元前6世紀、ローマの王子タルクイニウスの陣中で、夕食の後の談話の際、出席者が皆自分の妻の悪口を言ったのに対し、ただ一人将軍コラティヌスだけがその妻ルクレチアの美しさと貞淑さをたたえた。王子はその話に大いに心を動かされ、ひそかに陣営を抜け出し、留守を守るルクレチアのもとに一夜の宿を求めたが、話に違わぬ美しさに惹かれ、遂に彼女を辱める。彼女は夫と父に復讐を求める遺書をしたため、自害し果てる。タルクイニウスは復讐され、王家は国を追われ、ここにローマの王制は終了し、共和制が樹立されたのである。(シェイクスピアの長詩『ルクリースの陵辱』はこの事実に基づいている。) (志子田光雄) |