『金は雌馬をも歩かせる』

 『何桜彼桜銭世中』とはわが国で最初(明治十八年)に上演されたシェイクスピア劇『ヴェニスの商人』の歌舞伎ばりの題名である。「さくらどきぜにのよのなか」と読む。まことにこの世は「銭の世の中」であり、ことわざの世界にも金銭に関するものがきわめて多い。「金がものをいう」「金は力なり」「金は帝王なり」「金はどこでも人を自由にする」、使い方によっては「金はよき召使い、しかし悪しき主人」¹などなど。

 標記のことわざは、イギリス十六世紀頃からのものであり、次の俗謡にも歌い込まれている。
 「一マイル行くんだが、君の雌馬貸してくれ」
 「だめだよ、柵越えのとき足を悪くしてしまったのだ」
 「だけど、もし貸してくれる気があるなら、お金をたんまりはずむがなあ」
 「おやおや、そうかい、雌馬もお金次第で歩きますよ」²

十七世紀の終わり頃には「金が雌馬を行かせるように、法律家さえも動かせる」とある。「地獄の沙汰も金次第」であるが、「金が用をなさないところでは、悪魔も何も出来ない」³。

1. Money is a good servant but a bad master.
2. Will you lend me your mare to go a mile?"
  "No, she is lame leaping over a stile."
  "But if you will her to me spare,
  You shall have moneyfor your mare."
  "Oh, ho! say you so? Money will make the mare to go."

3. Où l'argent ne réussit pas, le diable ne fait rien.

(志子田光雄)