『靴屋よ、靴型でとどまれ』¹

 ギリシャの有名な画家アペレウスは、絵を仕上げると一般の人々の前に展示し、その批評を聞くのを大いに楽しみにしていたという。あるとき、いつものように意見を求めていたところ、一人の靴屋が、画中の人物の靴にボタンが少なすぎると批判したので、アペレウスは直ちに描き加えた。するとその靴屋は得意になって、今度は足の形まで文句をつけ始めたので、さすがのアペレウスも腹を立て、「靴屋は靴型以上に文句をつけるな」と言ってはねつけたという。これはローマの作家フリーニウスの物語に基づくが、要するに「自分の本分を守り、それ以上出るな」という意味である。

 最近のように高等教育が普遍化すると、一億総批評家の様相を呈し、さらに価値観の多様化に伴い、専門家以外の者でも専門分野に入り込んで批判を加えることが容易になった。本物の靴職人が少なくなったという事実と裏腹に、比喩的に「すべての靴屋が靴型を離れて批評家になりつつある」と言えよう。

1. Ne sutor ultra (= supra) crepidam.
  Let not the cobbler go beyond his last.
  The cobbler is not to go beyond his last.
  Let not the shoemaker go beyond his shoe.
  Let the cobbler stick to his last.
  The shoemaker must not go beyond his last.

(志子田光雄)