『プディングの良し悪しは味見でわかる』¹

 プディングとは日本でいうプリンのこと。プリンは、「アメリカン」がなまって「メリケン」となったように、綴りではなく耳から入って定着した外国語の一つである。

 標記のことわざが12世紀に既に記録されているように、プディングはかなり古くからのイギリスの料理である。種類はきわめて多いが、主として小麦粉、米などに牛乳、卵、砂糖、果物などを加えて、いろいろの形に調理したものである。材料により、それぞれライス、プラム、ブレッド、あるいはカスタード・プディングなどの名前で呼ばれ、デザートとして供されるが、ヨークシャー・プディングやキドニー・プディングなどの料理プディングもある。日本のプリンはカスタード・プディングである。

 このように材料が多種であるので、当然出来上がった形も色もさまざまであり、その外見から味を推測してみても分からない。食べてみることがまず肝要であるということになる。

 私事で恐縮だが、私はブランド志向ではないつもりだ。出身校や肩書きなどを含め、いわゆるレッテル主義には馴染めない。たとえば、これはどこそこの有名な老舗の「なになに屋」のお菓子だから美味しいですよ、という言葉には一瞬身構えてしまう。多数の人の味見の結果を否定するわけはないが、「なになに屋」の「だから」、というレッテルがいただけない。同一の老舗の商品でも試してみると、美味しいものも、そうでないものもある。それに「人にはそれぞれ好みあり」²ということわざがあるように、物の良し悪しは本当に自分で試したり、経験しなければ分からないと思うのだ。

 標記のことわざは、事柄は実際に試してみなければ実体は分からないということで、そこから、議論を重ねてばかりいても埒があかず、証拠をあげてこそ初めて問題は解決するという意味にも用いられる。「論より証拠」に相当するであろう。

1. The proof of the pudding is in the eating.
2. Every one to his taste.

(志子田光雄)