『寝る前に裸になってはならぬ』¹

 フランスのことわざに、「大金持ちでも死ぬときは経帷子(きょうかたびら)しかもってゆけない」²とある。したがって、「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。」(旧約聖書ヨブ記1・21)ということになる。

 しかし、裸になるには時がある。標記のことわざは、寝る前に裸になるなと戒めている。「寝る」とは死の床に就くこと、「裸になる」とは全財産をだれかに譲り渡すことの比喩的表現である。要するに、死ぬ前に全財産を手放してはならない、ということである。

 シェイクスピアの悲劇『リア王』では、年老いたブリテン(イギリスの古名)の国王リアが、王国を分割して三人の娘たちに譲り、余生を娘たちの城を順に回って過ごそうとするが、見事に裏切られ、発狂の挙句、悶死する。エミール・ゾラの『大地』でも、ファンじいさんが二人の息子と一人の娘に全財産を分け、公証人まで立てて余生に必要なものをもらう約束であったが、だれも守らないため困窮に陥る。
 
 孝心、孝行をもはや古臭いとする現代では、なおさら銘すべきことわざかもしれない。


1. Il ne faut pas se dépouiller avant de se coucher.
  Man soll sich nicht früher ausziehen, bevor man schlafen geht.
2. Le plus riche en mourant n'emporte qu'un linceul.

(志子田光雄)