『悪魔は常に貧乏人の戸口にいるわけではない』¹

 人は生活に窮すればどのようなことでもしかねない。万策尽きてしまえば、最後の手段として悪魔に助けを求め、そのご機嫌をとろうとして悪魔の髪をくしけずることをさえ行う。しかし、フランスのことわざに「髪のない悪魔の髪はとかせない」²とあるように、禿頭の悪魔であればその試みも無駄である。
 
 悪魔は貧者の単なる懇願には背を向けて耳を貸そうとはしない。そこで人々はしっぽをつかんで救いを求める。フランス語に「悪魔のしっぽを引く」³という表現があるが、「ひどく金に困っている、その日暮らしにも困る」の意味である。

 悪魔は元来天使であったが、神への反逆のため地獄に落とされた。悪魔は、神に復讐するため、神に愛されている人間の魂を堕落させることを狙っている。貧乏人が生活苦のあまり、ついに魂を売り渡しにくるのを手ぐすねひいて戸口のところで待っているのである。

 しかし、苦しむ貧乏人も常に不幸であるのではなく、いつの日にか運の開ける時もあるだろうという慰めが、このことわざの趣旨である。

1. The devil is not always at a poor man's door.
2. On ne peut pas peigner un diable qui n'a pas de cheveux.
3. Tirer le diable par la queue.


(志子田光雄)