『己の欲するところを人に施せ』¹ このことわざは、「黄金律」として、西洋で広く行動の基準とされてきた。出典は新約聖書マタイによる福音書7章12節。同内容のルカによる福音書6章31節では、兄弟愛の戒めの要約となっている。相手を自分と平等対等のものとして考え、自分と同様の欲求を持つ人格として愛そうとする西洋の愛の概念と相通じるものがある。 この教訓は、しばしば「論語」の「己の欲せざる所は人に施す勿れ」と比較される。前者は肯定的命令であるのに対し、後者は否定的命令である。これをもって、よく西洋の姿勢は積極的であり、東洋のそれは消極的であると説明するする人が多いが、そのように断定することは早計である。実は、フランス語やドイツ語のことわざにも論語と同じく否定的な表現のことわざがあるからである。² しかし伊藤整が「近代日本における“愛”の虚偽」において、この二つのことわざに関して論じた中で、「東洋の考え方では他との全き平等の結びつきについては何か躇いが残されている。われわれ日本人は特に他者に害を及ぼさない状態をもって,心の平安を得る形と考えている」と述べ、他者を自己のように愛することのできない「われらの為しうる最善のことは、他者に対する冷酷さを抑制することである」と言っているのは極めて示唆的である。 |