『あらゆる学科のうちでも正直な人間になることが主要学科である』1 「学科」と訳した原文の語 は‘craft’であるが、中世において ‘the seven crafts’(7つの学科)といえば当時の大学における7つの自由学科目(‘the seven liberal arts’)、すなわち文法、論理、修辞、算術、幾何、音楽、天文を指していた。これらはすべて、教養ある人間が人間として身に付けなければならない基本的な学科目であるが、それ以上に身につけなければならない重要なことは、「正直な人間になることである」、という風に解釈される。 しかし、‘craft’ には「策略」という意味もある。したがって、このことわざは「あらゆる策略のうちでも正直な人間になることが主要な策略である」と解釈することもできる。人はある目的を達成するためには何らかの策を講じる必要がある。それが困難なものであればあるほど弄する策やかけひきは複雑になる。複雑になればなるほど破綻の危険性も増大する。そのような時、最も効果的な策は、正直に振舞うことであるとも言える。ことわざにあるように『正直は最上の策なり』2であり、また本邦のことわざに『正直の頭に神やどる』とあるように神がついていて成功に導いてくれることも期待できるからである。 しかし道理とは逆に、『正直な者は馬鹿を見る』ということわざがあるように、正直な者が不正直な者との競争に負け、そのため愚か者呼ばわりまでされ、一方不正直者は批判されないどころか賞賛され、重用されるということも起こりうるのである。 (志子田光雄) |