『時は取り返し難く飛び去る』1

 『光陰矢のごとし』や『歳月人を待たず』など時の過ぎ行く様子を述べたことわざはあまたある。しかし、時はどのように経過するのであろうか。

 時の難しい定義は別として、一般に時の流れの描写は二つに大別されるようである。一つはヘレニズムと、ヒンドゥーイズムやドルイド教に見られるような輪廻の思想の根底にある循環型の時間の概念である。他はユダヤ・キリスト教に代表されるような始めがあり、終わりがある直線的な時間の概念である。

 確かに朝昼夕夜の繰り返しである一日、春夏秋冬の一年の循環的時間の推移が考えられるし、天地創造(あるいはビッグバン)に始まり終末あるいは宇宙の消滅を予測できる直線的時間の動きも考えられる。

 この円環型と直線型のどちらも思慮可能ならば、両者を合わせたらどのような動きになるであろうか。考えられる形は螺旋である。しかし、古代から現代にいたるまで、どうやら時間の流れは加速度的に早くなっているようである。その証拠に、文化現象の一つである或る事物の発明からその応用までの時間は加速度的に早まっている。そうであるとするならば、周期の速度が速くなっているのであるから、螺旋の形状は直径が同一の円筒状というよりも直径が次第に小さくなってゆく円錐形の螺旋なのかもしれない。

 人間の営為による時は加速度的にその周期を早め、すべての終末へと突き進んでいるのではないだろうか。

『私が語る間にも時は逃げ去る』。破滅が来ぬ間に時は止めなければならない。

1.  Volat irrevocabile tempus.
2.  Tempus fugit. 『時は逃げ去る』
3.  Time and tide wait for no man.
4.  Dum loquor, hora fugit.

(志子田光雄)