『一燕春をなさず』

 出典はギリシャの哲学者アリストテレスの『ニコマコスの倫理学』。「一羽の燕は春を作らない、晴れた一日もまた。そのように、一日または短時間は、人を幸福にも幸運にもしない」(1,4の16)。英仏独でそれぞれことわざとして確立していることからみても、西洋ではよく知られたことわざ。(しかし、イギリスとドイツは、ギリシャ・ローマより緯度が高いせいか、燕の飛来の季節に合わせて「春」ではなく「夏」になっている。)

 ツバメが一羽来たからといって春〈夏〉だと早合点をしてはいけない。それは例外であるかもしれないからである。すなわち物事の一部を見て、その全体を推し量るべきではないという警句である

 さらに原典を斟酌すれば、一日あるいは短い時間幸福を味わえたからといって、これから先の人生が全部幸福になれるとは限らないということから、たった一つの前兆から幸福な未来を予想して有頂天になってはいけない、という戒めでもある。

 このことわざに相当するものとして、内容的にはまったく反対であるが、中国に起源があり、本邦でもよく知られたことわざ『一斑(いっぱん)を見て全豹を卜(ぼく)す』、すなわち「一つのまだらを見て、その豹全体の美を推量する」がよく引き合いに出される。

1.   Una hirundo non facit ver.
  One swallow makes not summer, (nor one woodcock a winter).(また一羽のヤマシギで冬にはならない。)
  Une hirondelle ne fait pas le printemps.
  Eine Schwalbe macht [noch] keinen Sommer.
2.    一斑之美、可以察全豹。(晋書)

(志子田光雄)