『臆病者は何度も死ぬ』1 アンブローズ・ビアスはその著『悪魔の辞典』で臆病者を定義し、「危険な非常事態に際会すると、脚でもって考えようとする人物」と言っている。すなわち逃げ足の速い者のことである。 最近は若い者達の間で、「臆病」ということで謗られることは少なくなったように見受けられるが、第二次世界大戦以前や戦時中には、人に対して「臆病者」という言葉を浴びせることは相当の痛手を与えたように記憶している。それはそのまま敵に背を向けて逃亡するというイメージと直結したからであり、死に直面してもそれをものともしない真の勇者の対極にある人物像であったからである。 臆病者は、少々の危険に直面しても、すぐに死ぬのではないかと恐れることが多く、勇気あるものとは異なって、幾度も死ぬ思いをする、というのがこのことわざの意味である。 イギリスでは16世紀の中頃にことわざとして記録されており、標記の表現の後に『勇者は一度しか死なない』と付け加えられることもある。 シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』には、「臆病者は死ぬまで何度も死ぬ」2(2幕2場32行)とあり、これが出典のようである。 (志子田光雄) |