『王冠をいただく頭(こうべ)に平安なし』¹ 高い地位についている者は常に不安に悩まされているものであるという意味。 シェイクスピアの史劇『ヘンリー四世第U部』で、絶えない反乱と身近では王子の放蕩に悩む王が、今この時に余の貧しい臣民が幾千人となく安らかな眠りに就いているのに、王宮内の香を焚き込めた、しかも物音一つしない寝室で、国王は眠りを拒まれているのだ、と述べた後で吐露する言葉である。 同趣の有名なエピソードにダモレスクの話がある。紀元前4世紀前半、シチリア王のディオニシウス一世の廷臣ダモレスクが、王の生活を半ば羨んでその幸福を称えたところ、王は彼を豪華の宴会に招待し、頭上に馬の尻尾の毛一本でつるした剣の下の席に座らせ、王の幸いと見える生活もこのように常に不安と危険にさらされているのだと諭したと言う。(ここから、危険の上にある幸福のことを「ダモレスクの剣」という。) これは一国の支配者のみならず、他人の上に立つすべての人に宿命的な真実であろう。 (志子田光雄) |